父の思い出

 父は明治37年秋田県北秋田郡合川町(現在の北秋田市)李岱字李岱で生まれました。高等小学校を卒業後、給仕として秋田営林局に採用されました。学歴はありませんでしたが、大変な勉強家で、会計畑一筋に、秋田営林局では会計分野の生き字引的存在であったと聞いています。退職のときは秋田営林局の会計監査官という職でした。退職後は秋田県枕木協同組合に参事として再就職しました。
 父との思い出は昭和20年前後の食糧難のときに畑仕事を手伝わされたこと、父の実家の冠婚葬祭のときに、荷物を背負わされて二ツ井町から阿仁川沿いにとぼとぼと歩いて行ったことなどです。父は決まって秋田駅を夕方出発したので、鷹巣駅発の阿仁合線の最終列車に間に合わなかったからです。今でも満月を見る度に月明かりの中で阿仁川沿いを歩いたことが思いだされます。
 父は昭和57年4月、肺炎のために亡くなりました。77才でした。死後、勲六等瑞宝章 従六位に叙せられました。
(Feb.6,2012 成田裕一