Systems for User by User

 筆者は長年 ユーザーによるユーザーのためのシステム(Systems for User by User) を提案し実現してきた。
 一般にコンピュータのシステムは、それを利用するユーザーが仕様を作り、これをコンピュータ屋に提案する。コンピュータ屋はその仕様を基にシステムを制作して、それをユーザーに提供し、ユーザーが利用する、いわゆる メーカー主導のシステム が一般的である。しかし、一般にユーザーは情報処理技術に暗く、コンピュータ屋はユーザーの業務に暗い。このため相互の意思疎通が生じトラブルの元になるケースもある。最近ではリハビリテーション・精神医療センター(大仙市協和)の医療情報システムが、平成16年4月の導入当初から不具合が頻発していた。原因としては、コンピュータ屋もユーザーである秋田県職員側も、それぞれの業務に誠実に対応していなかったことによると思われる。ユーザーが自分の仕事に精通し、かつ愛情を持っていれば、ほんの少しの情報技術を身につけることにより自分の仕事のコンピュータ化を成功させることができるという、いわゆる ユーザー主導のシステム の構築が私の持論であり、そしてこの26年間実践してきた。


1.   Systems for User by User 実現のための条件
 ユーザー主導のシステムを実現させるためには次の条件が満たされていなければならない。
 (1) 個人として責任を持てるユーザーであること
   企業であっても、役所であっても、ある業務をコンピュータ化したい場合は、
     その組織の中でにコンピュータ化したい業務に精通している職員を選び、
     その職員はコンピュータ化を責任を持って行うこと。
     またその職員の上司はその職員を全面的にバックアップすること。
   この条件はお役所が一番欠けていると思われる。

 (2) ユーザーがコンピュータ化したい業務に精通していること

 (3) ユーザーに基礎的な情報技術やシステム制作を学ぶ意欲と学ぶ環境があること
   ユーザーの情報技術レベルが低い場合は適切な指導者が必要である。私はこの26年間指導者の役割を果たしてきた。

 (4) データの重要性を認識し、一元管理を理解できるユーザーであること
   ユーザーにとって処理プログラムよりデータの方が重要である。
   しっかり作られたデータベースであれば、多くの業務に活用できる。いわゆる一元管理が可能である。
   処理プログラムそのものは情報技術の進歩で変遷する。それでもデータベースそのものは利用できなければならない。
   筆者の NDBS は、MS-DOSのBASIC、MSC、VisualBASIC と開発言語の変遷でプログラムそのものは変わっているが、
   データの構造が固定長テキスト型RDBMSであるため、20年前のデータが今のシステムで支障なく利用できる。

 (5) ユーザー主導のシステムに理解を示すユーザー側の管理者がいること
   ユーザー主導のシステムを成功させるには、ユーザー自身が学習やシステム作りに多くの時間を費やさなければならない。
   したがって管理者の理解が必要である。ユーザー主導のシステムが成功すれば、
   情報処理業務をユーザー自身の手で安全、かつ速やかに確実に行うことができ、コスト削減にも繋がる。


2.   実践事例
 以下時系列で実践事例を述べる。


 (1) 北光会 (秋田鉱山専門学校・秋田大学鉱山学部・秋田大学工学・資源学部同窓会)のデータ処理 1982-1998
 1982年当時、私は秋田大学鉱山学部電子工学科の教授であった。マイコンを組み立てて放射線計測に利用していた。事務的な情報処理の経験は皆無であった。パソコンが初めて世に出た時代で、実務に使う人は殆ど居らず、ある程度電子機器を使える人たちの玩具的な利用が殆どであった。事務処理は殆どオフコンと称するコボルという言語で作られたプログラムを使用していた。北光会の理事会にコンピュータ導入を提案した際も、執行部の私が提案したパソコンを利用したユーザー主導のシステムに対して、ある役員がコンピュータ屋さんに会員ラベルを年に6回発行するオフコンのシステムを年間200万円のリース契約で導入したらという、当時としてはもっとも常識的な提案がされたが、お願いして私の提案を受け入れて貰った。早速パソコン講習会に勉強にきていた女性を口説いて教育し、自前で会員名簿データベースを作成し、名簿管理から会費記録、会費請求など多くの同窓会業務で活躍させた。システムの作成費も保守費ま0円であった。もしオフコンを導入していたらその後の北光会の発展は無かったと思われる。このシステムは私が停年になった1998年まで使われた。私の定年後は後任者が NDBS で作成していたデータベースをMAC向けの RDBMS である FileMakerPro のデータベースに変換して引き継いでいる。 NDBS のデータベースはデータの構造が固定長テキスト型であり、構造が簡単明快なので他の本格的な RDBMS への変換はきわめて容易でる。


 (2) 生活活動診断システム、栄養診断システム  1984-
 1984年当時、秋田大学医学部教授であった滝澤行雄先生が中心となって秋田市に 「秋田市民の運動と栄養に関する研究会」 が発足した。これは人間が毎日どのくらい食べて、どのくらい動けばバランスのとれた生活ができるかを、実際の市民を対象に診断するもので、私はコンピュータシステムを担当した。代謝とか栄養計算とか、専門外の私にとっては全く経験のない勉強であったが、こうした勉強なしではプログラムを作ることは不可能であった。このシステムの内、秋田市民のための栄養判定システムは現在でも 秋田市保健センター の管理栄養士さんが利用している。
 このシステムを稼働させた三年後の1987年に、日本人間ドック学会が秋田市で開催されることになり、当時の秋田赤十字病院院長竹本吉夫先生(故人)が「セルフケアの時代に向かって−ドックは健康のリーダーたりうるか」のテーマで学会長講演をされることになった。その前年竹本先生は、親しくされて居られた滝澤先生に「秋田赤十字病院版 生活活動診断システム 」を学会講演の目玉として制作したいと相談された。滝澤先生は私に依頼されることを薦めたが、竹本先生は私と面識がなかったことと、パソコンによるシステムに不安を感じられたこともあり、秋田市内のオフコンのシステムを制作販売しているコンピュータ屋さんに発注された。しかし三ヶ月経てそのコンピュータ屋さんは制作できないとさじを投げてしまった。結局私が引き受け僅か三ヶ月で完成させ、学会講演に間に合わせることができた。何故そのコンピュータ屋さんがさじを投げてしまったのか、それは「生活活動診断システム」というパッケージソフトがコンピュータ屋さんの業界に存在していなかったからである。コンピュータ屋さんのシステムエンジニアが僅か一本しか売れない商品の開発のために 「生活活動診断システム」 について学ぶことは能力的にもコスト的にも不可能なことであった。このことが縁で私は秋田赤十字病院の医療情報システムのお手伝いをするようになった。


 (3) 医療情報システムスタッフの教育  1987-1999
 ユーザーによる実践的な情報技術教育の大切さを実感された竹本吉夫先生(故人)の依頼で、私は赤十字看護専門学校の情報技術教育と、秋田赤十字病院の看護師や事務職員の情報技術教育を始めた。また後には日本赤十字秋田短期大学の情報教育を担当した。秋田市立病院の看護師に情報技術教育をしたこともあった。私が既にキャリアのある看護師に情報教育をする場合は必ず彼女ら自身の業務の中から情報処理をしてみたいテーマを考えて貰い、多くは私の NDBS を使って自らの力でシステムを制作し実現させた。制作したシステムは実際に現場で継続して活用されるものではないが、こうした教育経験を経た看護師はそれぞれの病院の医療情報システム構築にあたって、その導入先のメーカーのシステムエンジニアと対等に話しができ、導入を成功に導いた。私がこの理念で直接教育した病院職員は19名、そのうち国内の学会で研究発表した職員は延べ17名、国際学会で発表した職員は3名である。発表テーマなどは こちら を参照されたい。こうした教育の機会を与えてくれた職場からは、冒頭に述べた秋田県のリハビリテーション・精神医療センターのような事件は起こりえないと思う。


 (4) 秋田大学鉱業博物館の標本データベース  1997-
  秋田大学鉱業博物館 の、 標本データベースの仕組みのページ をご覧下さい。 


 (5) 顧客管理  1998-
 私から11年前にIT基礎教育を受け、私の NDBS を使用してパソコンで顧客管理や苦情処理をしている中年の小規模の建築会社の女子事務員が居る。彼女は40歳までパソコンとは無縁の事務員であった。 業務に精通している彼女は自らの力で NDBS で顧客管理システムや協力企業会員のデーターベスを制作し現在も利用している。彼女は対象となるメンバーの基本情報と、考えられる種々の出力に対処できるデータを、できるだけコード化した形でデーターベスを設計した。あとは日頃データが発生する毎にデーターベスに入力している。顧客一覧表、イベント案内関係の文書、イベント出欠表など必要な出力は、データーベスに対して条件を設定して絞り込みをかけてその都度出力している。出力したデータは使い終われば棄却する。データーベスさえきちんと保守されていれば出力したデータは残しておく必要はない。データの 一元管理 ができるのである。 NDBS は入力と出力で実行プログラムが独立しているので、出力の操作でデーターベスを壊すことが全くない。 Excel のように、一つの表を入力と出力の作業で共用してしまってデータを気が付かないうちに誤って変えてしまったり、沢山の表ができてパニックになることがない。


 (6) 一交会 (秋田市立中学、秋田市立高女、秋田市立高校、秋田中央高校同窓会)のデータ処理 1999-
 NDBSで作られたデータベースの仕組みは前述の北光会のものとほぼ同様であり、1999年から利用している。24,950人分が記録されている。データベースは日々維持されており、創立80周年記念事業のための募金、会費記録、会報発送、会員との連絡、同期会やクラス会への名簿提供、2007年末と、2008年末のラグビーチーム花園出場募金などに活用されている。ただ一個の名簿データベースに各作業毎の絞り込み条件を適用して出力する。例えば、〒010-0101に住んでいる会費未納者の氏名と住所のCSVファイルを、24,950人の名簿データベース出力しなさいという命題には、約4秒でファイルを作成できる。作業はWordやExcel程度しか利用できない者でも使用できる。



 (7) 秋田県立博物館の真澄クイズ
 平成20年1月23日、 秋田県立博物館菅江真澄資料センター では半年お休みしていた 真澄クイズ が利用できるようになった。 真澄クイズ とは菅江真澄が行脚した足跡を38問からなるクイズで学ぶもので、画面にだされた質問文と絵を見て三択で答えていくものである。操作は画面に指でタッチして行う。問題文や解答文などゲーム内容は以前のものと同じであるが、得点集計、成績表示、利用記録を無線LANで回収できる機能など新たに加わった機能もある。前のシステムと大きく変わったのはユーザー(博物館)側でシステムの保守が容易にできるようになったことである。すなわち、ゲーム機の起動や停止手順の設定、ゲームの各場面の背景、ゲームの重要な部分である、問題文、挿絵、選択肢、解答文、写真の入れ替え、問題選択肢、挿絵、写真の表示座標の変更、解答時間や待機時間の設定などを、ゲームの実行プログラムを変えることなく、ゲーム機の外からユーザーの手でできるように設計されていることである。システム導入後もすべてメーカーの手を煩わす必要のあるメーカー主導型と異なり、システムのハードの障害以外は外注経費をかけることなく、すべてユーザーの手で保守や改訂ができるシステムである。別のテーマのゲームににしたり、三択を四択や五択にすることも、実行プログラムを変えることなく可能である。この実現には ユーザー側に若干の情報技術習得者が必要であるが秋田県立博物館はそれを満たしていた。 また、ゲームに必要なデータは NDBS 形式のデータベースに記録されている。システムの概要は このように なっている。 この図 は制作時のデータ入力画面である。もしクイズ機のデータに修正や改訂があれば、このデータベースから出力して、若干の処理を加えて無線LANでクイズ機に送り入れ替えができる。いわゆる一元管理ができるので保守業務が単純になる。 MQ


3.   Systems for User by User 成功の秘訣
 以上紹介した事例はユーザー主導のシステムが成功したものである。業務に精通したユーザーが若干の情報技術を身につけ、上司の理解を得ることができれば、適切な指導者の手助けで良いシステムを安価に制作でき、問題なく利用していけるのである。成功しなかったものの大きな理由はユーザーが自分の業務を十分理解していない、自分の仕事に意欲がない、情報技術を学習する意欲がない、上司もユーザー主導のシステムに理解を示さないケースであった。
 ユーザー主導のシステムを成功させるには情報システムに関して適切な指導者が必要であるが、これはかなり難しい問題である。私は秋田大学在職時代、電気工学、電子工学、最後には情報工学科で多くの学生を世に送った。しかしその中で情報処理関係に就職したものの多くはソフトメーカー、すなわちメーカー主導型のシステムを作る側への就職であった。メーカー側から見ればユーザーが賢くないほど利潤があげられるわけであるから、メーカー側がユーザー主導のシステムに協力することは殆どあり得ない。したがってユーザーとしては、メーカー側からそのユーザーの業務にも協力してくれる情報システムの指導者をスカウトするなど、その獲得を積極的に行う必要がある。

   平成21年4月22日

           成田 裕一              mail nnarita@plum.plala.or.jp